日本にはその土地の歴史や文化由来の食材や料理がたくさんある。近年、それらの多くは物流や技術の発達により遠く離れた場所でも手にし、味わうことができるようになった。しかし待春軒の三溪そばのように、歴史や文化を感じる、まさにその空間で食べる体験に勝るものはないだろう。
三溪そばのルーツは、実業家、原三溪(本名 富太郎)が100年以上も前に考案し、原家の食卓で食べられていた料理である。食通で自らも料理をたしなんだ三溪が、時には家に出入りしていた料理人たちからヒントを得ながら、試行錯誤を重ねて創ったそうだ。「芸術や美術にも造詣が深い人物で、味だけではなく見た目にも非常にこだわった一品」と待春軒の店主、西郷健彦が話してくれた。

待春軒がある三溪園は国指定の名勝で、三溪そばが世に出るきっかけとなった場所である。三溪園は三溪が造園した日本庭園で、自らもその内苑を住まいとしていた。京都や鎌倉などから集めた歴史的建造物や四季折々の草花、またそれらが調和した景観を一年中楽しむことができる。1922年に三溪は園の完成を祝う大茶会を開催し、そこで招待客にふるまわれたのがこのそばなのであった。園の正門から大池の左側を回って池沿いの小道を数分歩くと待春軒がある。
待春軒はオーナーの両親である西郷健一郎夫婦が創業し、彼らの母である春子(三溪の長女)からレシピを受け継ぎ、以来変わらない味を提供している。三溪そばはここでしか食べることができない。ちなみに“そば”とあるが実際は小麦粉から作った“うどん”である。日本では麺類を総じてそばと呼ぶことが多いためそう名付けたそうだ。

三溪そばは、筆者がこれまで経験した中ではとてもユニークなそばである(¥950(大盛り¥1,100))。まず器の中に“つゆ”がない。いわゆる混ぜそばスタイルである。このスタイルが100年以上も前に存在していたことも驚きである。温かい麺の上に餡が乗り、さらに千切りのハム、絹さや、錦糸卵で、ピンク、緑、黄の鮮やかな三色に彩られている。このあたりは芸術を愛した三溪の見た目にもこだわる様子が感じられる。
餡は細かく刻んだ筍や椎茸、豚ひき肉などを煮込んだもので、麺に絡めながらすするとお酢の気持ちの良い酸味や香辛料の香りを感じ、更に餡のシャキシャキとした歯ごたえが食欲を増幅してくれる。どこか中華麺のニュアンスも感じられる。横浜で貿易商を営む三溪の日常には中華圏の文化の影響もあっただろう。三溪と交流のあった料理人の中に中華系の人がいたのかもしれない。そんな想像を膨らませてくれる。

この日はきなこ餅(昆布茶付き¥750)とお抹茶(特製らくがん付き¥750)もいただいた。抹茶はもちろんきなこも外国人に人気のメニューである。お箸でも簡単に切れるくらいの柔らかい餅を優しい甘さのきなこが包んでいて、とても美味しかった。角餅4個分をあっという間に食べてしまったが、シェアして食べてもいいだろう。
取材で訪れたこの日は、梅花がひと段落し桜の時期を迎える間の時期であった。これからはツツジ、スイレン…と次々に花々の季節がやってくる。待春軒の屋外には屋根付きのテラス席もあり、店先から花菖蒲などが楽しめるそうだ。5月下旬にはミュージックイベントも開催されるようなので、詳細は待春軒のホームページをチェックして欲しい。多才な原三溪が残した横浜の歴史の1ページを五感で体験してみてはいかがだろう。
